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日本最西端の与那国島で一人と一頭から始まった南の島の馬暮らし。
そこに集まった馬好きな若者たちが沖縄中に散らばり、
それぞれの馬暮らしを始めています。





南の島の馬暮らし1 「与那国馬との出会い」

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 今年で35年目を迎えた与那国島暮らし。そこでいったい何をしているかと言えば、日本在来馬の一つ「与那国馬」の保存と活用に取り組んでいる。

 冒頭から新聞社に媚(こび)を売るつもりはないが、実は与那国島移住のきっかけは、新聞の小さな記事からだった。

 当時僕は30歳、神奈川県の湘南に暮らし、今では死語になった「ヒッピー」みたいな暮らしをしていた。定職を持たず(元祖フリーター)、毎日海を眺め、音楽を愛し、芸術を愛し、釣りをし、恋をし、気ままに暮らしていた。

 ところが30歳を迎える頃、なんだかそわそわしてきた。「こんな生活でいいのかなー?」「自由ってなんだろう?」「幸せってなんだろう?」「自分とはなんだろう?」と迷い始めていた。そんな時「与那国馬絶滅の危機」「過疎化の島」と書かれた新聞記事に出会ったのだ。 当時は何かを調べるといっても、インターネットなどはない。図書館に行き、与那国島のことを調べても、ほとんど何も情報はなかった。やっと見つけた与那国島の写真集は、開いてみたら、モノクロで暗ーい感じの写真ばかり。お墓のうえにヤギがのっかってる写真とか。うーん考えていてもしょうがない、よし行こう! いきなり島に移住した。このときの迷いのない行動力は今でも不思議だったなぁと思う。きっと馬たちに呼ばれたのだろう…。

 とはいっても、「金がない」「コネがない」「経験がない」「体力がない」「知力がない」あるのは「夢」ばかり。それは34年たった今でも同じだが、そこからの始まりだった。

 馬の飼育をしたかったので、馬、馬、馬、馬が欲しい。と言ったところで、当時、与那国馬は50頭ほどしか残っておらず、絶滅寸前。どこの馬の骨か分からない僕ごときに、馬が向こうからやって来る訳がない。

 一軒の小さな家を借り、サトウキビの刈り取りから始まった島暮らし。3カ月間の作業で、夢の実現には体力が必要だとしみじみと分かった。

 紺ぺきの海辺に立つ与那国馬を眺めつつ、本当に馬との暮らしができるのか、と希望と不安の日々を過ごしていた。

                              久野マサテル

 

*この文章は昨年沖縄タイムスの「唐獅子」と言うコーナーに連載したものです。