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日本最西端の与那国島で一人と一頭から始まった南の島の馬暮らし。
そこに集まった馬好きな若者たちが沖縄中に散らばり、
それぞれの馬暮らしを始めています。





馬に恋する若者が与那国島を目指すべき10の理由 ②

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気がつくと馬のことを考えている、「馬」という言葉を聞くと自動的に反応している…もし、あなたがそういう若者なら、もうこれは、一生馬と関わって生きていく、という前提で、自分の暮らしや生き方を考えたほうがいいと私は思います。なぜなら、そういう人にとって、馬がいない人生は、常に「なにか欠けている感覚」があって、ほかの状況がどんなに恵まれていても、なんだかしっくりこないなあ、という日々になるにちがいないからです。

 

そのかわり、馬と一緒にいれば、さまざまな苦労があっても、ほかになんにもなくても、「生きるって楽しい」という不思議な感覚がやってきます。

 

考えてみると、これってすごいことなんですよね。たくさんの人が、自分はどんな人生を送ったらいいんだろう、どうやったら幸せになれるんだろう、と悩みながら日々暮らしています。あっちよりこっちの方がいいんじゃないか、と比較検討したり、これこれの条件が満たされたら自分は幸せになるかもしれない、と努力したり。でも、生まれつき馬にシンクロしてしまう人は、そういう視点をふっとばして、「馬といる」というただひとつのことを大切にすればいい。あとは向こうからいろいろなものが運ばれてくる、という不思議な人生が待っています。

 

さて、ここでやっと本題です。そういう若者に、なぜ私が与那国島をおすすめするか、その理由を書いていきましょう。


理由その1 ネイティブの馬と出会える

 

馬とどのように関わっていくか、という角度は人それぞれ、ほんとうに千差万別です。馬と共に歩む人生を始めたら、その旅の過程で、きっとたくさんの人や馬に出会うでしょう。たくさんの方法やアプローチを知るでしょう。でも「あなたと馬の関わり方」がくっきりと形になるまでには、たぶんすこし時間がかかります。

 

その過程で、そもそも「馬とはどういう生き物か」という実感を自分のものさしとして持っているか、いないかで、見えてくる風景はずいぶん変わってくる、と私は思うのです。

 

「馬は群れの動物である」と情報として理解していても、群れとしてどう動くか、という実際の感触は、目の前で動く馬たちを体感しなければわかりません。今はインターネットで動画を見たりすることもできますが、やはり「リアル」とは圧倒的な差があります。

 

たとえば、海のない土地で生まれ育った人がいるとします。海についての知識はありますし、映像で見たこともあるし、プールでじょうずに泳ぐ技術も習いました。でも、実際に初めて海を目の前にしたら、打ち寄せる波に足をつけたら、泳いでみたら、自分の想像していた「海」とずいぶんちがうことがわかると思います。そのおおきさ、深さ、感触、動き…ぜんぜん知らなかった世界との遭遇ですよね。

 

それと同じことが「馬」にもいえるんじゃないかなあ、と思うわけです。ましてそれが野生なら、まさに「馬そのものの世界」がそこにある、ということです。馬語で言えば、混じりっけのない、ネイティブ・スピーカーの言葉が話されている世界。

 

与那国島には、ほぼ野生に近いかたちで生きている馬たちがいます。日本では他にも宮崎県の都井岬や、北海道のユルリ島などが野生馬の生息地として知られています。でも、与那国島が特異なのは、日常の暮らしの中に野生の馬がいる、というところです。家から車で10分も行けば、もう野生馬の世界です。朝も昼も夜も観察し放題。道をふつうに野生馬が歩いています。集落のあちこちに島人が飼う元野生馬がいます。なんだか野生馬と人の暮らしの境界が揺らいでいる感じ。

 

そんな島ですから、もちろん、旅人として訪れるだけでも感覚はがらりと変わると思います。でも、あなたが若者なら、この島の春夏秋冬を、少なくとも一巡り、日常として感じてみるといいのじゃないかなあと思うのです。

 

季節ごとに馬たちの世界に変化が訪れます。春には仔馬が生まれ、暑い夏がやってきて、いくつかの台風をくぐり抜けて秋になり、強風の吹きすさぶ冬をしのぎます。その間に命を終える馬もいます。自然に朽ちて骨になるまでを与那国島では見ることができます。そんなことを体験しているうちに、だんだん「馬とはどういう生き物か」が体に染みいってくると思います。本当は一巡りと言わず、二巡りあったほうがいいかなあ。一巡りでは「わあ」と言っているうちに終わってしまうでしょうから。もちろん、何巡り目でも新しい発見があるのが与那国島です。

 

私が、親方マークンをはじめ「広場」出身の馬仲間たちの感覚を信頼できるのは、この「馬そのものの世界」を体感として知っている人達だからです。馬に乗ること、コミュニケーションを取ること、その角度は個性によってさまざまなのですが、根底には「馬とはどういう生き物か」を触ってきた人の感性が息づいていると感じます。

 

というわけで、次回は、与那国島のもうひとつの宝物、馬と人が出会う場所、「広場」のユニークさについて書いてみたいと思います。

 

河田桟

 

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