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日本最西端の与那国島で一人と一頭から始まった南の島の馬暮らし。
そこに集まった馬好きな若者たちが沖縄中に散らばり、
それぞれの馬暮らしを始めています。





助っ人同窓会?

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与那国の馬広場で「助っ人」を始めたのは、今からちょうど15年前。1年間の予定でした。ちょうど長期の助っ人さんが2人、私が到着した5日後に島を出ることになっていて、残る助っ人は私より一か月先輩のミエちゃん(石垣島馬広場のミエちゃんとは別人)と、私、シバちゃんという男性の3人だけになると知って、「早く仕事を覚えなきゃ!」とかなり焦ったことを覚えています。 

 着いた次の日には草刈り機での草刈りを覚え、軽トラに草を山盛り積む技を覚え、1頭1頭の馬たちを覚え(みんな茶色だからぜんぜん見分けがつかず。これも大いに焦りました)、ロープワークを覚え、と、もう頭も体も必死でフル稼働でした。もともと立体が苦手なのでロープワークは1回で覚えられるはずもなく、毎晩、自分の足を縛って覚えたものです。女子はたぶん一般的にはロープワークは苦手だと思うのですが、広場の助っ人さんは女子だろうが男子だろうが、みんなロープの一つや二つ、目にも止まらぬ速さでシュシュシュッと結んでいました。いま私は仕事で毎日ロープを結んでいますが、それぞれの場所に帰っていったかつての助っ人さんたちは、あのロープワーク、どんな場面で役に立っているのかなぁ?   

 その頃、広場にはまだ、マークンの一頭目の馬「歩鼓地(ポコチ)」がいました。久部良バリという景勝地で、繋牧(ケイボク)という杭にロープで馬を繋ぐスタイルでずっと飼われていました。首が太くてがっしり、タテガミがライオンのように雄々しくふさふさしていて、頭はちょっと大きかったけれど(笑)、すごくかっこいいオス馬でした。去勢していないので威勢もよくて、走りだしたら止まらない! その頃はハミもなく、ウブグイ(おもがい)という昔ながらの木の馬具とロープ一本で馬を操作するやり方でしたから、よけい止まらない。この歩鼓地に裸馬で乗って浜を駆け抜けられれば助っ人として一人前、というのが当時の暗黙の了解でした。もちろん、乗り方なんて誰も教えてくれません。いきなり乗せられて、「走れー!」です。一発でオシリの皮むけます。 

 毎日の草刈りと力仕事、ワイルドすぎる(笑)馬遊び、夜はみんなでゴハン食べて、お尻の皮のむけ具合の自慢話や馬たちの話題で盛り上がり、すぐに爆睡。広場で過ごした時代は違っても、こうした経験を共有した仲間たちとは、まったく違う状況のなかで出会ってもすぐに打ち解けられる気がします。同じ釜の飯を食う、とよく言いますが、これがそういうことなんだろうなぁ。 

  今のようにインターネットもSNSもない時代。広場を訪れては去っていったあの頃の助っ人さんたちは、今ごろどうしているのでしょう? 馬広場での経験は、その人のなかでどんな意味を持っているのだろう? そんなことをツラツラ考えてしまうのは、自分が歳を取ったからかな? 

  せっかくネットでつながれるようになったのだから、ネット上ででも広場助っ人同窓会やってみたいですね。うみかぜホースファームまで、連絡くださーい!