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日本最西端の与那国島で一人と一頭から始まった南の島の馬暮らし。
そこに集まった馬好きな若者たちが沖縄中に散らばり、
それぞれの馬暮らしを始めています。





馬に恋する若者が与那国島を目指すべき10の理由 ⑤

河田桟

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理由その4 個性的な馬たちとコミットできる

 

この連載の初めのほうに、与那国ではネイティブの馬を観察できる、というメリットを書きました。それはほんとうにすばらしいことですが、ではそれだけで馬のことを理解できるのか、というと、もちろんそんなことはありません。なぜなら、「関係性」ということにおいては、コミットしなければわからないことも、ずいぶんあると思うからです。

 

「コミット」というのは、関係すること、参加すること、かかわり合うこと、という意味で使っています。外からの観察ではなくて、自分の感情を伴いながら、深く関わっていくこと。感情が関わってくる分、うれしかったり、悲しかったり、楽しかったり、苦しかったりします。感情は理性とは別に動きますから、たいてい歪んでいるし、間違いも犯しやすい。とはいえ、どういうわけか、そういうふうに揺さぶられながらでないと、さわれない世界があるようにも感じるのです。

 

たとえば、私は相棒カディに深くコミットしています。感情揺さぶられまくりで、時々、自分でもアホかと思います。でも、そういうリクツを超えた関係がなかったら、きっといま与那国に暮らしてなんかいなかったし、本を作ったりもしていなかったでしょう。

 

加えて、やっぱりカディとの関係だけではなくて、「広場」の馬たちに接することで得ているものも想像以上におおきいなあ、と感じています。コミットの深さで言えばカディよりは浅いのですが、だからこそ見えてくるものもたくさんあります。特に「群れ」の部分について。その機会を得られたこと、幸運だったなあと思っています。

 

「広場」にはいま二十数頭の与那国馬がいます。コドモから熟年まで、オスもメスもセンもいます。そして、みなそれぞれに個性的。知れば知るほど興味深い馬たちです。彼らの日々の様子(人間模様ならぬ馬模様)を見ていると、それはもう下手なテレビのリアリティショーを観ているより数倍おもしろいんですよね。たとえば、なにか状況が変わった時は、これまでの認識では想像もつかないような動き方や反応を彼らがすることがあって、発見に次ぐ発見、という感じです。

 

彼らと接しているうちに、どこまでが馬の本能で、どこからがその馬の個性なのか、そういうこともだんだんにわかってきます。これってやっぱり、馬たちそれぞれについてよく知っていないと、なかなかむずかしい。時間もかかります。つまり、コミットしているからこそ、わかる世界がある、というわけです。

 

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オトナがゴロゴロしている(上の写真)のを見て、自分もやってみたくなったコドモ

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