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日本最西端の与那国島で一人と一頭から始まった南の島の馬暮らし。
そこに集まった馬好きな若者たちが沖縄中に散らばり、
それぞれの馬暮らしを始めています。





馬は人を呼ぶ

 

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うみかぜホースファーム、名ばかり場長ヒメです。

 沖縄地方、ついに梅雨入り。

 なんですが、ここ2,3日雨も降らず蒸し暑い南城市です。

 

 そうそう、先日のブログで書いてしまった「助っ人同窓会」がFacebook上で実現しちゃいました。久米島馬牧場のふくちゃんがさっそく作ってくれましたので、元助っ人さん、ぜひ参加してくださいね。Facebookの検索で「ふれあい広場助っ人同窓会」と検索すれば出るようです。たぶん(よくわかってないのですが)誰でも参加できると思うのですが、システム上できない場合は、これまたFacebook上の「うみかぜホースファーム」まで連絡いただければご招待いたします。元助っ人さんたちの近況、ぜひ知りたいです!

 

 さて、広場の話に戻りましょうか。

 与那国の馬広場は、親方マークンが1頭の馬「歩鼓地(ポコチ)」を飼い始めたところから、その物語が始まります。マークンがなぜ与那国島に移住したのか、は本人のブログで読んでいただくとして、1頭の馬を飼い始めたマークンがどうして馬広場を開くことになったのかをざっとお伝えしてみましょう。

「馬は人を呼ぶ」。一言で言えば、馬広場の成り立ちはコレです。馬に限らずですが、人間はすべからく生き物に惹かれる、好きも嫌いも、とにかく生き物に興味があるのは当然であり、人の性質である、という<バイオフィリア>の理論をこれほど体現する動物はなかなかいません(と、馬飼いは思います。我田引水かも~)。この理論を実感として理解するには、馬を一頭連れて外に出てみましょう。老若男女、実にいろんな人々が馬を見て寄ってきます、話しかけてきます。

 ヨナグニウマは与那国島ではそう珍しくもなかったはずですが、マークンが馬に乗って島を闊歩する姿を見て、まずは子供たちが、そして島に滞在していたキャンパーたちが次々に馬に引き寄せられてきました。今はあまり見かけないようですが、20数年前はまだバックパックで離島をうろうろするキャンパーがあちこちにいたのです。

 子供たちが乗りたいというから公園で馬に乗せ、馬に乗ってみたいと近寄ってきたキャンパーをだまして(笑)宿メシと引き換えに馬の世話や牧場づくりを手伝ってもらった、というのが馬広場の始まりでした。というわけで、そもそもの成り立ちはごく自然の成り行きで馬広場ができてしまっただけで、それで生計をたてようとか、ましてや馬を世のため人のために使おう! なんて、そんな発想はみじんもなく馬広場はスタートしたのでした。それがここまで発展するとは、マークン本人も思ってなかったでしょうね。ヨナグニウマパワー、本当に恐るべし、です。

 

 実はマークンが還暦を迎えた5年前、広場のスタッフでお祝いの絵本を作りました。広場の始まりを描いたその絵本、次回のブログで紹介しましょうね。