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日本最西端の与那国島で一人と一頭から始まった南の島の馬暮らし。
そこに集まった馬好きな若者たちが沖縄中に散らばり、
それぞれの馬暮らしを始めています。





バックパッカーと馬⑤ インド・ラダック

今回も前回に引き続き、インドから馬のお話をしたいと思います。
インド北部に中国やパキスタンと国境を接する「ジャンムー・カシミール州」という州があります。ジャンムーもカシミールも地域の名前になるのですが、この州の東側はラダックと呼ばれるチベット文化圏が広がっています。カシミールイスラム圏、ジャンムーはヒンドゥー圏と、一つの州の中で文化・言語・宗教が異なる、これがインドの大きさなのですが、特にこの地域はヒマラヤ山脈の西端でもあり、山と谷が入り乱れ交通もまだまだ不便な地域です。州の中央部のザンスカールという地域は陸の孤島・秘境としても有名です。

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今回紹介するのはその中でもチベット文化圏のラダックの中心の町、「レー」で行われるお祭りのポロについてです。
レーの町は標高が3000mを超え、レーへ向うルート上には5000m級の峠もあります。そのため、冬の期間は陸路での移動が困難になるので、ラダックへ訪れるのは夏がよいシーズンとなります。空港もあるので飛行機でもいけますが、陸路で徐々に高度に慣れていくのがお勧めです。デリーから北へマナリーへ。ダラムサラを経由するのも、チベット文化を知る上ではいいでしょう。(チベットと言えば広場では「ルンタ」がチベットの名前です)当時はマナリー・レー間の移動は陸路で丸まる2日間くらいかかりました。パンク、がけ崩れなどハプニング続きの移動ですが、世界の果てへ向っていくような、そんな景色が窓の外をただひたすらに流れていくのを見ることが出来るでしょう。移動時間であり、観光時間であり、瞑想時間のような、そんな旅です。

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そして8月末から9月にかけて、ラダックが暑く、明るく、活気のある時期にラダックフェスティバルというお祭りが、観光客向けに近年は行われています。このフェスティバルのイベントとして開催されるのが、ポロ、なのです。
ポロ、というと、ポロ・ラルフローレンが有名ですね。あのロゴがそのスポーツを端的に表現しています。馬に乗ってスティックをふって球を打つ、馬上のサッカーとでもいうのでしょうか。日本では現在は行われていないようです。選手・施設などがまったく整っていないとのこと。ただ将来は・・・日本でもポロが見れるといいですね。
盛んに行われているのは、イギリスの植民地だった地域が多いようですが、発祥の地、となると、どうやらペルシャ(イラン)の王宮にて発達したのがポロの原型と言われています。ラダックフェスティバルで行われるポロは、イギリスが近代に入って制定したルールと少し違うようでしたが、そんなことはいいでしょう。インドの方がルーツに近いはずです。

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ラダックフェスティバル、レーのポロの特徴は、何よりもその競技場の壮大なロケーションでしょう。ポログラウンドに両チームの馬が勢ぞろいし、駆け回るその背後にそびえたつのはチベット、ラサのポタラ宮のモデルとなったと言われるレー王宮。石とレンガで積み重ねられた建造物は、歴史と文化の重みを背負って高く、山々に負けぬようにそびえ立っています。背後にはラダック山脈。極度に乾燥した地域であるラダック、高原といっても緑や水の少ない地域。透き通る空と茶褐色の山々、そんな天空の町の荘厳な王宮、そして馬たち。もう、言うこと無しなのです。


僕がラダックフェスティバルを見たのが2004年と2005年。10年以上の月日が流れ、レーも発展しているでしょうが、ラダック・レーは僕の大好きな場所、TOP3にも入ります。レーのことなど全く知らず、ポロが見られる、という情報だけでヒマラヤの裏側まで行って見たものは、その壮大なポロの景観でもありましたが、中国側のチベットではなくなってしまった、生きたチベット文化圏であり、陸の孤島の中で暮らす人々であり、清く澄んだ世界でした。この出会いが、この時の旅の大きな収穫でした。
馬好きの人なら、この写真を見て、きっとこのポロを見てみたい!と思ったはず。

是非、馬に釣られて、出かけてみて、ラダックの世界を見てもらいたいと思います。色々な旅がありますが、ラダックへの旅は格別です。
馬を追いかけていったら、思いもよらず、自分にとって大事なものに出くわした、ということが起こるかもしれません。これも一つの馬楽じゃないでしょうか。