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日本最西端の与那国島で一人と一頭から始まった南の島の馬暮らし。
そこに集まった馬好きな若者たちが沖縄中に散らばり、
それぞれの馬暮らしを始めています。





桜咲くころ 


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  沖縄の桜はもうこんなに色づき、暖かな日が多く、満開の木も見られるようになりました。でも僕の担当の日は寒い! 九州地方はこの冬一番の寒波襲来とか。寒い日もこれ、僕と犬と猫はたき火に当たりながらの調理を楽しんでます。たき火は鼻水は出るし、髪や衣類は煙っぽくなるのですが、熱量が大きいので煮込み料理は最高です。この日も馬堆肥で作った馬鈴薯、人参、春菊などをたっぷり入れてのシチューでした。

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 そして先日1月29日は「沖縄こどもの国」で琉球競馬「ウマハラシー」が行われました。県内から約30頭もの馬が集まり競いました。うちらの牧場からは「子供乗馬クラブ」の子供たちが騎乗しました。見てくださいこの凛々しい姿。馬活動が彼女を育んでるですね。

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 さて今回の馬楽のすすめは前回に続き、沖縄タイムス「唐獅子」のコーナーに連載したものを転載します。第13回目は・・・

「ヨナグニウマの未来」

 与那国馬は絶滅が危惧されている在来家畜です。世界にはこのような人と関係の深い在来家畜(牛、鶏、山羊、羊など)が数多くいますが、毎年何品種もが絶滅しているようです。10年前かなWFO(国連食糧農業機構)から世界各国に在来家畜の遺伝資源を大切にしようという通達が各国に出ました。僕はやったと思い、日本の在来馬を管轄する「日本馬事協会」に出向き、さあ何をやりましょうかと声をかけたが,白けた答しかなかった。

 先日岐阜大学のT先生から嬉しい(?)便りが届いた。彼は4年前に単身やって来て、与那国馬の血液を約70個体採取した強者なんです。何故強者と呼ぶかと言えば、僕らの馬のように調教されている馬に注射器を打つというのはまあ大丈夫なんですが、野生の馬ではそうはいきません。実は命がけなんです。怖がる時の暴れ方は尋常ではありませんから。もちろん島の人の協力はあったものの、彼はほとんど一人でやってのけました。彼は動物の遺伝子の専門家で、多忙な仕事の合間をぬって、その後2年間与那国馬の遺伝子解析を行い結果を出し、わざわざ報告にやって来て、素人の僕らに丁寧に分かりやすく説明してくれました。その論文が先ごろ「日本ウマ科学会」から賞を頂いたというのです。(*昨年は英語版の論文で発表された)

 その受賞を心より喜ぶのですが、実はその論文に書かれていることは、与那国馬は今はかろうじて大丈夫でしょうが、今後いくつかのタイプの種馬を持たないと危ないですよ、ということなんです。実は与那国馬を保存するということはここなんです。血統のバラエティを持つことなんです。でもそこに施策があるかと言えばまるでないのです。国にも県にも町にも。だからこの35年間いろんなところで種馬保存が大切だと言い続けてきました。実は僕らの力では種馬を管理し続けることは財力的に人的にできないのです。沖縄県にはもう一つ与那国馬と同じ在来馬の「宮古馬」がいます。T先生の同様の研究ではヨナグニウマより限りなく絶滅に近い馬だということです。

 35年間の馬暮らし、ヨナグニウマの魅力は尽きません。この世で必要とされていない命はないはずです。宮古馬も与那国馬も沖縄での数百年間で獲得した遺伝的形質は重要です。使役馬からパートナーアニマルへ在来馬は未来に大きな仕事をしてくれます。馬に限らず動物たちは悩める僕らを癒してくれる大事な仲間なのです。

    2015・12・15       *一部加筆しました

 

 「こどもの国」での「ウマハラシー」は今回で一般の馬が参加する大会は終了とのことです。大会運営の方々3年間参加させていただきありがとうございました。県内から大勢の馬愛好者が集うことは初めてのことで有意義でした。これを契機にもっとワクワクする馬のイベントを作っていきたいものです。

 久野マサテル