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日本最西端の与那国島で一人と一頭から始まった南の島の馬暮らし。
そこに集まった馬好きな若者たちが沖縄中に散らばり、
それぞれの馬暮らしを始めています。





コドモとウマ その1

久米島馬牧場

f:id:hisanomarkun:20160410232016j:plain親方マークンから始まったこちらのブログ。
仲間たちでリレーすることになり、あっという間に一巡しましたねー。
1週間って早い!マズイ、自分の番だ!(笑)

ということで、二週目に入りました久米島馬牧場。
今週は私、井上恵子です。実はサノちゃんです。

自分にとっての「馬楽」ってなんだろう?
と考えてみたところ。
馬との楽しみはあれこれありますが…

なんといっても子供と馬!
そして在来馬、特にワーキングホースという存在なのです。
そこで、そのあたりのことをとりとめもなく書いてみようかと思いました。

まずは子供と馬。
この本能のままに生きている二者が出会うと、それはそれはとても面白い、ドラマチックな出来事が次々に生まれるのです。
何も起きないことすら面白い。
私はその場面に心震える性質らしく。
どうしてそうなったのか、遡ってみたいと思います。

現在の久米島でのことは置いといて(笑)
四年前までの与那国での5年間。
これはもう、数え上げればキリがない感動の連続!!
親方が産み出したヨナグニウマふれあい広場は、まさに子供と馬の活動の聖地!!
ちょっと大げさ?!
いやいや、そんなことはない。
日本中、いえ世界中探したって、こんなに子供たちが馬たちと(しかも土地の馬と)関わり合っている場所はないんじゃないでしょうか。
ファームステイでその楽しさに触れた私は与那国への移住を決意したのでした。

与那国移住前の5年間。
ふれあい動物園で働いていた頃は五頭のポニーを担当し、毎日毎日ひたすら曳き馬。
一周5分くらい。100円(笑)
お天気の良い週末や行楽シーズンは1日に300人くらいの子供を乗せていました。
春と秋の遠足シーズンも凄かった。

そんなグルグル廻る日々の中、動物園の近くにあるしょうがい者施設の子供たちや近所の子供たちとの出会いは忘れられないものでした。
毎日馬に会いに来てくれる女の子、10メートルの距離から二年かけて馬の前まで近寄れるようになり最後は乗るまでになった男の子。
心身の機能がどうであれ、みんな馬に何かを感じ何かを表現してくれました。
あーもっといろんなことしたいなー。
子供と馬が起こす瞬間の閃きみたいなものにノッていきたいなー。
と思った私は、動物園を出ようと決めたのでした。

さらに遡ること20年前(衝撃!(笑))
動物のことを学ぶために大学に入り、そして大学では何を学んだかあまり覚えていないくらい馬術部生活にどっぷり使っていた私。
就職について考えていた頃、自分は何がしたいんだろう?と人並みに悩んでもいました。

そんな時。
馬術部の厩舎にたまにお散歩に来ていた近所の保育園の子供たち。
タイミングが合うと子供たちを案内してあげたり、馬を触らせてあげたりしていました。
筋肉隆々のサラブレッドの胸前を見て「おっぱい~」と喜ぶ子供たち…。
いや、それはおっぱいではないよ。とツッコミつつも一緒に触って喜ぶ至福の時。
こうして自分の目指す就職先を見つけたのでした(笑)

さらに遡ると受験生時代の競馬中継ハマりから、あれこれチマチマ出てくるのですが。
記憶の中の子供と馬の原点と言えば。

幼少期に夏冬休みを丸々過ごしていた田舎の叔父叔母の家。
その近くの湖の傍らで、観光客を乗せる馬車を引いていた大きな馬(今思えば普通の馬でした)
いつもそこに居たから、待機していることの方が多かったのかな。
内気で活発ではない小さい私は(ホントですよ!(笑))、触りたいような、見ときたいような、近くに行ってみたいような…。
なんとももどかしい気持ちで馬を気にしていたのを覚えています。

子供と馬。
そう、それはかつての自分と馬でもあるのです。

もう子供ではなくなってしまったけど、子供を通して、馬を通してたくさんのことに気付き、成長させてもらい、感動をもらっています。
子供と馬の世界にはシンプルなことだけ。
その世界を広げるために、まだまだこれからやるべきことはいっぱい。

自分の心震えるモノに素直に。
という、就職アドバイスのようなブログになってしまいましたね(笑)

長々読んでいただきありがとうございました!!